相変わらずなんでもかんでも色々。
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ヘタのページつくるのも無駄そうなんでこっちに置いておきます。
素晴らしい動画を見てテンションが上がりだいぶ前に書いてたイヴァアル
人名呼び・現代パロ・メシマズ兄弟同居・朝菊はお付き合い中
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よく晴れた初夏の日、柵越しに花壇の前に立ちつくしている姿を見かけたのが最初だった。
ガラス窓の向こうに見えたその男をアルフレッドは初め気にしていなかったのだけど、
もうすぐ真夏だというのにあまり薄手とは言えない上着を羽織り、首周りにぐるぐるとマフラーを巻いた妙な出で立ちの男は、ちょっと立ち止まったというにはあまりにも長い時間そこに立っていた。
ちょうど着替えを終え裸足だったアルフレッドは、部屋から続くデッキに転がっていたスニーカーをつっかけると庭を横切り、花壇の内側の仕切りまで近寄って、そこに咲く花々越しにその男を眺めた。やたら背の高い男だ。
「ハロー?」
「やあ」
近くから声をかけられたというのに男は顔をあげることもせずに短く答えを返しただけだった。
んん?とアルフレッドは首をかしげ、何してるんだい、と続けて聞こうとしたがそれよりも先に男がふたたび口を開いた。大柄な体格に似合わない(いや似合っているのか)どこかおっとりした口調で、
「アーサー君、いる?」
「アーサーなら仕事で留守なんだぞ」
休日の昼間だったがアーサーは朝から打ち合わせだ!と家を飛び出していたのでそのままを告げる。
「なあんだ、せっかく来たのに」
さして残念そうでもなさそうに男が呟く。
「アーサーの知り合いかい?」
「知り合いって程じゃないね、仕事のお付き合いがあるだけ、かな」
ここまで言葉を交わして、それでもまだアルフレッドの顔を見ようともしない。まじまじと視線を注ぐ先は、大きく花弁を広げ、何本も折り重なって咲き誇る向日葵だった。
他の花ならばこちらを見ようともしない奴など放っておいたのだが、男が見ているのが向日葵だということにアルフレッドはとても気を良くした。
だたの向日葵ではない、庭の中で唯一アーサーの手のかかってないこれらは
“アルフレッドの” 自慢の、ヒマワリだ。
「このヒマワリ、綺麗だろう?」
兄弟2人きりで住むには少々広すぎる家に引っ越し、その家についてきた庭をどうするかという段になってその分割問題は起きた。当初土も何もほったらかしで荒れていた庭を、アーサーと半ば無理やり駆り出されたアルフレッドは毎日服も手も汚しながらどうにか整え、肥料を土に混ぜ込み終えたアーサーが、さてこれで薔薇を植えられると満足げに息をついたところでアルフレッドが花壇の半分は俺のなんだぞ、と言いだした。アーサーには予想外だったらしく二三度まばたきして、それから「半分、って。何だそりゃ」と呟いた。
「俺すっごい手伝ったんだぞ。花壇半分くらい俺の好きなもの育ててもいいだろう?」
「お前、何か育てたことなんてあったか?」
「ないけど、折角キレイにしたし」
深く根を張ったまま硬く枯れてしまった根っこや砂利と土が混ざり合わってしまったのをふるい分けたり、慣れない作業を、確かにアルフレッドは頑張った。アーサーもそれは認めている。
しかし庭のどこに何をどう植えて、とほぼ完全な構想を巡らせていたらしいアーサーは急の要求を呑むのをしぶった。
「好きなものって、何植える気だ」
「え…」
ちょっと首をかしげてから
「リンゴとか、チェリーとか。パイに出来るぞ」
何も考えてなかったアルフレッドはとりあえず食べられる植物(の実)を挙げて、
「どっちも木だ、馬鹿。花壇に植えられるか」
アーサーに心底呆れられたような声を出された。
それにむっとして、アルフレッドは手にしたスコップで花壇の半分にずずっと溝を作って宣言した。
「とにかく、半分は俺のだからアーサーはこっち側はいじらないでくれよ!」
そうして、しかし種も苗も触ったことのないアルフレッドは、さて一体何を植えようかと考えたまま、折角確保した自分の領地には黒々とした土が広がっているだけだった。
そうこうしている間にもアルフレッドが区切った向こう側にアーサーは慣れた手つきで支柱を差し薔薇の新苗を植え付けて、どうせろくに面倒みれないんだからおとなしくそっち側も俺に任せろ、と言ったので反発心をつつかれたアルフレッドは初めてひとりで庭いじりをした。
アーサーの薔薇より目立つように大きい花がいいんだぞ、と花屋の隅の棚を眺めて買ってきたのが向日葵の種だった。夏に咲くし(夏は好きだ、太陽は明るく人も開放的になる)、真っ黄色で大きい花びらは派手だし、たしか種は食べられるはず。すっかり気に入って買ってきたそれを、乾いたレンガの上にざらざらとこぼし広げてから、真っ黒い土に指をつっこんで穴をつくり、白黒のふぞろいな縞の種を一粒ずつ摘まんで、と、ちまちました作業が嫌いなアルフレッドとしてはずいぶんと真面目に種植えをしたのだった。
水やりをし間引きをし手をかけて育てた結果、向日葵は見事に咲いた。
ただし向日葵というのは太陽に向かって咲くものなので、南向きに位置した庭の花壇から伸びた花たちは皆、明るい光を目指して柵の向こう側に向かってのびのびと花弁を広げた。
それを居間から見るアーサーは植える位置が悪いだの庭の景観がどうのこうのと言ったのだが、
庭前を通る人たちの目に留まるのは必定、外に向かって咲き誇る向日葵になるのでアルフレッドとしてはそれも満足だった。
いまここで立っている男も、立派に咲いた向日葵に見とれているんだな、と結論づけてアルフレッドは得意げに続けた。
「このヒマワリは俺が育てたんだぞ!」
「ああ、そうなの」
そこでやっとアルフレッドの言葉に興味を持ったように男は顔をあげた。
すでに兄の背を越えたアルフレッドよりもさらに幾分高い身長から見おろしてくる。
その口元はおっとりした口調に似合うゆるい微笑みを浮かべていたが、そのくせじっとアルフレッドを見つめる薄紫色の目はちっとも笑ってはいなかった。
それをアルフレッドも敏感に感じとって、しかしその妙な雰囲気に頓着することもなく嬉々としてヒマワリの自慢を続けた。
「少し前から咲き始めたんだ」
「ふうん」
「苦労したんだぞ」
「いっぱい咲いてるね」
「目立つようにいっぱい植えたからね!」
「うん、凄く――青空に向日葵が目立ってたよ。遠くから見てもね」
「これが一番綺麗に咲いてるんだぞ」
「これ?」
アルフレッドの指さした一際大きな花に男も指を伸ばして、その真っ黄色の花びらに触れた。
目いっぱい光を浴びるその黄色は陽光を鮮やかに跳ね返していて、男はうっすら目を細めた。
「おひさま浴びて、あったかいね」
「日当たりが大事なんだ、」
種の袋に書いてあった文字を思い出しながら、アルフレッドは得意げに説明した。
「太陽の光をあびないと綺麗に咲かないんだぞ」
「そうだよね、明るいところじゃないと咲かないから」
アルフレッドの言葉を肯定しながら、
何故か男は、ふと笑みを消してぼんやりと中空に目線をさまよわせた。
日差しに背を向けて立つその表情は、ヒマワリと同じく真正面から太陽を浴びているアルフレッドからは少し見づらい。中空をゆらめいた男の視線はもう一度ヒマワリに向けられ、そこから上げた瞳を今度はアルフレッドに向けて、ヒマワリの黄色と同じく光を跳ね返して輝く金髪に一瞬眩しげに目を眇めた。
そしてやっぱり形ばかりの笑みを作った。
「じゃ、そろそろ失礼するね」
唐突に帰りを告げた男にアルフレッドは少し首をかしげ、聞いてみた。
「アーサー待ってなくていいのかい」
「んー、別にいいや、向日葵見れたしそれで」
伝言も特にないよ、と最後にもう一度ヒマワリの花弁に指を滑らせて、男はアルフレッドに背を向けた。
その日の夜遅く帰ってきたアーサーにmそれでも一応アルフレッドは今日来た妙な男のことを告げた。
話す段になって名前を聞いてなかったことに気づいたのだが、特徴を話しただけでアーサーには伝わったようで、眉をひそめた。どうやら歓迎すべき相手ではなかったらしい。
「イヴァン?あいつ何でわざわざうちまで」
ぶつぶつと呟いた後、「無視していい、関わんなよ」と一言でその話を終わらせてしまった。
イヴァンというらしいあの男がアーサーと何の仕事で知り合ったかも、家にまで来た事情もさっぱり分からなかなかった。おかげでアルフレッドにとって今日の訪問は、ヘンな男がうちの前に立ってて俺のヒマワリを褒めてった、とだけまとめられて――それは割に良い出来事として一日の記憶に分類された。
*****
次にその姿を見たのは一週間後だった。
同じように快晴の空の下、鮮やかに咲く向日葵の向こうに男が立っている。
「また来たのかい?アーサーは留守だよ」
「うん、そうだろうね」
今度はアルフレッドの声がかかるとゆっくりと花から目線をあげ、男(名前なんだっけ、えーとイヴァン?)は頷いた。アーサーの不在を知っていたような口ぶりからすると、別に兄に会いたくて再訪問したというわけでもないようだ。
「こないだの花、萎れちゃったね」
前回アルフレッドの自慢した花がどれか正確に覚えていたのか、イヴァンはひとつを指さしながら言った。示されたそれは咲き誇る時を過ぎ、花弁は色あせて幾分かしおれ始めていた。それをアルフレッドも見て、でも、と別の花を指さす。
「今はこっちが綺麗に咲いてるんだぞ」
「そっか、まだ他にも咲くかな?」
「まだまだ夏だからね!咲くさ」
特に根拠もなくアルフレッドは請け負った。
それから続けて聞いてみる。
「ヒマワリ、好きなのかい?」
「うん、好きだよ。あったかくていいよね」
あったかいというより、暑いというイメージだけど。
そう思いながらもアルフレッドはその言葉を否定しなかった。
にこりと笑って告げた男のその笑みが前と違って嘘っ気がなかったことと、
そのセリフに憧れの響きが混じっていることがアルフレッドの気分を良くさせた。
イヴァンは前と同じように、アルフレッドの示した花に手を伸ばし、指先で花びらをなぞって呟く。
「やっぱり、向日葵が一番綺麗だね。おひさま浴びて幸せそうで」
「欲しかったら、何本かあげるんだぞ!」
空と同じ、真っ青な瞳を輝かせて提案したアルフレッドを、イヴァンはしばし見つめてから
「残念だけど、切っちゃうとすぐ枯れるから」
「うーんそっか…」
アルフレッドがヒマワリを誰かにあげようなどと思ったのは初めてだった。それをあげてもいいと思わせたのはイヴァンが本当に向日葵を好きそうにみえたのと、他には目もくれずそれだけを、アルフレッドのヒマワリだけ、を見ていたからだ。折角の思いつきのプレゼントをあげられないことにアルフレッドは少し落胆し、それからすぐ思いなおした。
「じゃあ、また見にくるといいよ」
「また?」
「うん、ここに来ればいいじゃないか」
口に出してから、これは良い代案というよりさっきよりも名案だ、とアルフレッドは思った。4.5本の向日葵を眺めるより、青空の下でたくさん咲いているヒマワリ達を見る方が綺麗に決まっている。アーサーに用がなくても、ヒマワリを見にここに来ればいい。
にこにこ笑うアルフレッドの顔を、イヴァンはさっきよりもずっと長く見つめていた。アルフレッドの自慢したヒマワリに指を触れさせたまま、ぱちりとひとつ瞬きをして不思議そうに少し瞳を見開く。その真ん中の薄紫が、アルフレッドの笑顔を見つめているうちに色を濃くしたようだった。そしてゆるゆると、イヴァンの顔にも笑みが浮かんだ。それは一番最初に見せた上っ面のものでもなく、向日葵が好きだと言った時のただ言葉そのままの笑顔でもなく、何か、アルフレッドにはまったく見えない深いところから浮かんできたようだった。もしくは、気づかないままにアルフレッドが深くまで手をつっこんで掬いあげてしまったかのような。
「そうだね、じゃあまた」
「しばらく咲いてるから、いつでも来ても大丈夫だぞ」
「うん、また来るよ、君のヒマワリを見に」
そして、イヴァンは触れたままだったヒマワリからさらりと手を離し、アルフレッドを見てにこりと笑んだ。
「じゃあ、またね」
その日イヴァンが現れたことを、アルフレッドはアーサーに言わずじまいだった。
あの男は、イヴァンは、別にアーサーに会いに来たわけじゃない。庭の向日葵を見に来ただけで、次にもし来たとしても「俺の」ヒマワリに用があるだけなんだから。アーサーは良い感情を持ってないみたいだしわざわざ言う必要もないじゃないか。ベッドに寝転んだアルフレッドはそんな風に、アーサーに告げなかった理由を一応形作ってみた。それはどこか理由のない後ろめたさをまとっていたけど、アルフレッドは気にしなかった。気にしないことにした。
*****
それから、自身の言葉通りに、アルフレッドの誘い通りに、イヴァンは何度か庭を訪れた。
その最初の訪れ(実質3回目の来訪だ)で、アルフレッドはイヴァンに名前を名乗った。いつの間にかまた庭先に立ってじっとヒマワリに視線を注いでいたイヴァンを見とめて名前を呼ぼうとし、その名をアーサーから聞いて知っているだけで本人から聞いてはいないということと、イヴァンは自分の名を知らないだろうことに気づいての名乗りだった。イヴァンは、もうアーサーに用が合ってくるのではない、アルフレッドのヒマワリを見に来るのだから、もうこれからはアルフレッドの知り合いということになる、名前も知らないなんてオカシイ話だ。
「アルフレッドって言うんだぞ」
挨拶をすっとばし、「誰が」も付けない自己紹介だったがイヴァンはすぐ理解したらしく
「イヴァンだよ」
アルフレッドにとっては既知の名を告げた。
正式に名前を知ったことでアルフレッドはイヴァンの名を呼びやすくなり、気軽に呼びかけては今はこれが綺麗だ、でもこっちのが一番大きい、とヒマワリ自慢をした。イヴァンの方はアルフレッドの方が年下だというのに「アルフレッド君」と言い、呼び捨てにしなかった。それがアルフレッドには少し違和感だったが、アーサーの恋人もやはり自分を呼び捨てにしない(いつも丁寧に「アルフレッドさん」と呼ぶ)ことを考えれば、そういうポリシーなのかもしれない。そう呼ばれるのはこそばゆい感覚があったけど、嫌でもない。
何度訪れてもイヴァンは一度も家に上がることもなく庭先に立って、ヒマワリとヒマワリ越しのアルフレッドを見るばかりだった。訪れる時はいつでも晴れていたので雨に濡れるような心配もなかったが、アルフレッドの方も気まぐれに菓子やコーラを提供する(それらは断られたり素直にイヴァンの口に入ったり色々だった)のに、屋内に招き入れることはなかった。アルフレッドにとってイヴァンの来訪がどことなく秘密のものだったのも原因かもしれない。結局アルフレッドはあれからイヴァンのことを一言もアーサーに告げていなかった。
ふらっと現れるイヴァンに、カレッジのことから昨日の夕御飯の不味かったことまで思いつくままアルフレッドは語った。それでも最後には必ずヒマワリの話になった。イヴァンが来る時はいつでも青空で、ヒマワリはいつもより鮮やかに咲いているようで、アルフレッドは自慢せずにはいられなかった。
イヴァンはアルフレッドの話に相槌を打ったり聞き流したり、でもヒマワリの話には特別耳を傾けていた。
そしていつでも、アルフレッドが綺麗と言った花を覚えているようだった。
イヴァンが次に訪れる頃には、前にアルフレッドが褒めた花は盛りを過ぎていて、イヴァンはその事実をぽつりとつぶやく。アルフレッドがまた新しい花を示すとそれを確かめるように指で花弁をなぞり、その黄色をじっと見つめた。
それを何度も何度も、飽きることなく繰り返した。
段々と、イヴァンが訪れるのはアルフレッドにとって当然のことになっていった。なのに、イヴァンが「兄の知り合い」から自分の「友達」になったのかと言われたら、アルフレッドにはよく分からないのだった。歳が離れているからではなく、何度顔を合わせても言葉を交わしてもイヴァンはどこか日常からかけ離れているようで、アルフレッドはこの新しい人物をどのカテゴリーに入れていいのか決めかねた。そのせいか、ヒマワリを見ていなくても、唐突にイヴァンのことを思い出すことがあった。
(今度はいつ来るんだろう)
ヒマワリを見るためだけに何度も庭を訪れるのも、ふつうならオカシイような、でもイヴァンなら不思議じゃないような。それとも、やっぱり友達になってるから、イヴァンはああやって来るんだろうか。
バス亭で時間通りにこないバスを待っていたり、友達と別れてひとりで家へと歩き出したり、思考に隙ができるとそれはふと浮かんできて、でも深く考えることがなかった。分からないことを考えてもしょうがないし、考えなくても、変わらないじゃないか。
*****
「ヒマワリ、少なくなっちゃったねえ」
その日イヴァンがもらした言葉はいつもと違っていた。
惜しそうな響きの呟きは、妙にアルフレッドの胸をついた。
あれだけ華やかに咲いていたヒマワリたちは、
盛夏を過ぎて一本また一本とその役目を終え花びらを散らしていた。
「…もうすぐ、秋なんだぞ」
「そうだね、もう季節が変わっちゃうね」
遅咲きだったヒマワリの花びらを撫でながらイヴァンが呟く。
アルフレッドは深く息を吸い込んで、
当たり前の事実を、自分とイヴァンの言葉で反芻した。
もうすぐ秋、季節が変わる。
夏が、終わっていく。
「ヒマワリが咲いてるうちに、またおいでよ」
そう誘った自分がどんな顔をしていたのかアルフレッドはよく分からなかったけど、
イヴァンはそんなアルフレッドを見ていつものようにゆるゆると笑んだ。
「そうだね」
まだ残っているヒマワリ達はかつての夏の花たちと同じく綺麗な黄金色を広げていたけど、
その日、アルフレッドは一度もヒマワリ達の自慢をしなかった。
イヴァンが庭を去った後、アルフレッドは小さな納屋の引き戸を開けた。
くしゃくしゃになってスコップの隣に転がっていた向日葵の種の袋を広げて、花が咲いてからも肥料をあげると良い、とそこに書いてある言葉を読んだアルフレッドはアーサーが揃えた肥料の袋の中から少し中身を拝借した。花壇の淵にしゃがみこんで、肥料をヒマワリの足元に混ぜ込むために、根を傷つけないようそっと土を掘り起こす。
ヒマワリがずっと咲いていればいいのに、と思った。花が咲いている間は、イヴァンがまたこの庭に来る。
(また、来る)
俺の、ヒマワリに会いに、来る。
土をもとの形にならし、夕闇に輪郭を滲ませるヒマワリを見あげながら心の中でそう繰り返した。
だいぶ涼しくなった風が庭を吹き抜け、イヴァンが触れて行ったヒマワリと座りこんだままのアルフレッドの髪がたよりなさげに揺れた。
それから、いくつか最後のヒマワリが咲いて、
咲き切って、それらが萎れてしまっても、
イヴァンは現れなかった。
*****
肌寒くなってきたある日、アルフレッドは曇り空の庭に出た。花壇の片側に、かつてのヒマワリは色あせた茎と葉ばかりになって名残のように数本花壇に立っている。輝く黄色に囲まれていた向日葵は、花弁が枯れても中心だけは大きさを変えず、その円の中には大きく膨らんだ種が詰まっていた。パーカーのポケットから出した右手でその中心を軽くひっかくとぽろぽろと種が落ちてくる。もう片方の手でそれを受け止めて、一番最初に花屋で手に入れたのと同じ形になってしまった向日葵を見つめた。来年、またこの種を植えよう。同じこの場所に。ここに植えたヒマワリはとてもきれいに咲いたんだから、また植えればきっと綺麗に咲くに決まってる。真っ青に晴れた空の下で、俺のヒマワリがおひさまの光をきらきら反射して輝いて、ヒマワリの向こうに。
「ひさしぶり」
「イヴァン」
予想していなかった声にアルフレッドは慌てて顔をあげた。
ずいぶんと見通しがよくなってしまった花壇と柵の向こう側に変わらないイヴァンが立っていた。
うっすら涼しくなってきた今になると夏の間は暑そうとしか思えなかったイヴァンの出で立ちはしっくりと馴染んだ。
「ずいぶん、久しぶりなんだぞ」
そんなつもりはなかったのに恨みごとを言うような口調になってしまって、
それ以上にそこに寂しい、という感情が含まれてしまったことは無視して、アルフレッドは口を尖らせた。
「イヴァンが来なかったから、もう枯れちゃったんだぞ」
「あぁ、本当だね」
アルフレッドとは反対に、イヴァンの表情と言葉に含まれる感情は薄い。
痩せほそった茎と花弁が抜け落ちてしまった輪とに視線を向けて
「終わりだよねえ、もうすぐ寒くなるし」
最後の役目を果たそうとしている向日葵を見つめながら淡々とイヴァンは呟いた。
残念だよ。
そう続けた言葉は、以前にそのヒマワリたちに向けられていたような拘りはなく、
イヴァンが浮かべる笑みのように形だけのものに響いた。
それは、仕方のないことなのか。
イヴァンが飽きることなどないように触れていた輝く花びらはもう消えてしまった。
その言葉通り、この花たちは、終わりだ。
不意に右手にちくりと痛みが走り、
その痛みで知らないうちに拳を握りこんでいたことにアルフレッドは気づいた。
黙って、手のひらを広げ、小さい種になってしまったヒマワリ達を見つめた。
「これ、あげるんだぞ」
差し出された種を、受け取らずにイヴァンは少し首をかしげて呟いた。
「うちじゃ、咲かないかもよ」
咲いてくれたこと、ないんだ。
そのイヴァンの言葉がアルフレッドには不思議で仕方がない。
だって、イヴァンはあんなに向日葵が好きだったのに、好きなのに、咲かないなんて。
「なら」
友達として、親切な申し出のつもりでアルフレッドは口を開いた。
そのつもりなのに、言葉が音になった瞬間、ひどく緊張していることに気付いた。
「俺が行って咲かせてあげるんだぞ」
その言葉に、
イヴァンが、深く深く、笑んだ。
その瞳はこんなにも色が濃かっただろうか。
紫を深くしたその色を、浮かび上がる深い笑みを、アルフレッドは見たことがある気がした。
いつだっただろう、この顔を見たことがある気がする。
でも、その時よりも、もっと深い。
知らないうちに触れてしまっていたものに、ずぶりと踏み込む音がした。
「そうだねえ、ここで咲いてるのを見るのもいいけどうちに来てもらうのもいいかもね」
つい、とイヴァンの手が伸びて、アルフレッドの髪に触れた。
「金髪、綺麗だねえおひさまの光反射して、明るくって、あったかくて、まるで――」
*****
その男と応対している時に、アーサーが眉間にしわを寄せるのは珍しくないことだったが、今日はやや理由が異なった。いつもならのらりくらりとしてそのくせ狡猾で利己的なやり口に苛々して苦虫を噛み潰したような顔になっているところ、今日はなんというか―単純に、いぶかしんで眉根を寄せた。
いつでも形だけ笑んでいる男の顔が、今日ばかりは仮面でもなく本当に嬉しそうにしている。
「ニヤニヤして気持ち悪ぃな、何かあったのか?」
「ううん、べつに。ただちょっとね」
「何だよ」
「良いことがありそうで」
「お前の思ってる通りにはいかねえぞ」
今まさに話し合い(という名の容赦のない応酬)をしている内容を当てはめたのか、アーサーが不機嫌な声で応える。
それをイヴァンはあはは、と笑い飛ばした。
「ヤだなあ、仕事の話じゃないよ」
「僕、ヒマワリが好きなんだよね」
「は?」
「ずっとずっと欲しくてさ」
唐突に出たその言葉にぽかんとアーサーが疑問を浮かべたが、
それに答えることなくイヴァンは続けた。
「でも向日葵って明るくてあったかくないと育たないんだよね、難しいよ」
「僕のとこじゃ、咲かなくって。すごく残念だったんだ、ずっと」
「でもねえ、」
イヴァンはまたにこりと笑った。
「すごく、綺麗なヒマワリを見つけたんだ」
酷薄なうすら笑いでもなく、瞳に怜悧な光を見せるでもなく、屈託なく無邪気に、
だからこそどこか得体のしれない笑みで、本当に嬉しそうに告げる。
「やっと手に入りそうで、嬉しくってしょうがないんだ」
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可愛い弟が大嫌いな奴にたぶらかされてショックを受け、
それを知った恋人にも散々怒られる
というオチが待ってるアーサーさんが大変気の毒。
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